なぜ自分のメモを先に書くのか
目にしたものは、香りをどう表現するかを変えることがあります。2001年に学術誌『Brain and Language』に発表された研究で、モロ、ブロシェ、デュブルデューは、無臭の色素で赤く着色した白ワインを54人のテイスターに評価させました。テイスターはその香りを、赤ワインに使う言葉で表現しました。記述を導いたのは香りではなく色でした。
点数やレビューも、似たように働く可能性があります。自分の言葉を見つける前に、他人の言葉を与えてしまうからです。正式な官能評価は、テイスターの知覚をそのまま信用するわけではありません。試験を行うための一般条件が定められ、テイスティング・パネルも選抜と訓練を経た人で構成されます(OIV:国際ブドウ・ワイン機構)。
本稿の方法は単純です。決まった順序で見て、嗅いで、味わい、観察を一つずつ書き留め、そのあとで初めて他人の評価を読みます。以下の節では、それぞれの観察から何が分かるのか、そしてよく言われる経験則が根拠を超えているのはどこかを説明します。
外観:清澄度、色の濃さ、グラスの脚
白いナプキンや紙の上でグラスを傾け、縁では薄い層、中心では厚い層のワインを通して見ます。まず清澄度(澄んでいるか、濁っているか)、次に中心部(コア)の色の濃さ、そして縁の色調(次節)を記録します。
赤ワインの色は、主にアントシアニンと、そこから生じた色素によるものです。したがって色の濃さは、これらの色素についての観察であって、品質の尺度ではありません。判定ではなく観察として書き留めます。
グラスの内側を伝って落ちる「脚」(涙)は、流体力学の現象です。グラスに付いた薄い膜からはエタノールが水より速く蒸発し、エタノールは水より表面張力が小さいため、その表面張力の差がワインを壁面に引き上げ、やがて滴となって落ちます(マランゴニ効果。ヴェネルスとニエト・シマビラ、『Scientific Reports』2015年)。脚はアルコールによって生じるもので、品質のしるしではありません。
したがって脚は、アルコールが蒸発しているしるしとして扱い、糖・グリセロール・品質を読み取る目盛りとしては使いません。アルコールについては、口中の感覚とラベルのほうが確かな手がかりです(第5節)。
AI
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白を背景に見る色
画像:Maison Apéro(生成画像) · Maison Apéro original
グラスを回したあとのワインを横から見たところ。矢印は流れに沿っています。薄い膜からエタノールが蒸発し、ワインが壁面に沿って引き上げられ、脚となって落ちます。形と色は説明のための表現です。
図の内容を文章・表で読む
- グラスに付いた薄いワインの膜 — エタノールが水より速く蒸発する
- ワインが壁面に沿って引き上げられる — エタノールは水より表面張力が小さく、その差がワインを上へ引く(マランゴニ効果)
- 品質のしるしではない — 脚から糖やグリセロールを読まない。アルコールは口中とラベルで確かめる
- 脚は滴となって落ちる — アルコールによって生じる
縁:赤ワインの色がパープルやルビーからガーネットへ移る仕組み
縁はワインの層が最も薄いため、色調の変化がいちばん見やすい場所です。若い赤ワインの色はパープルまたはルビーです。熟成と貯蔵の間に、ブドウ由来のモノマー(単量体)アントシアニンの濃度は下がり、より安定な色素、主にピラノアントシアニンと重合アントシアニンが生じます。こうした構造の変化によって、色は熟成したワインのガーネットへ移っていきます(He ほか、『Molecules』2012年)。
縁の色は年数ではなく、変化の向きとして読みます。パープルやルビーの縁はこの変化の初期の段階を、ガーネットの縁はより進んだ段階を示唆します。これは色素の構造の変化であって時計ではないので、色調を年数に換算しないでください。
上:若い赤ワインと熟成した赤ワインを、それぞれ白い紙の上で傾けて上から見たところ。下:同じ傾きを横から見たところで、ワインの層は縁で最も薄く、コアで最も厚くなります。この順序は色素の化学を表すもので、年数を表すものではありません。形と色は説明のための表現です。
図の内容を文章・表で読む
- 若い赤:パープルやルビーの縁 — 出発点の色素:ブドウ由来のモノマー・アントシアニン
- 熟成と貯蔵 — モノマー・アントシアニンが減り、より安定な色素ができる
- 熟成した赤:ガーネットの縁 — 主にピラノアントシアニンと重合アントシアニン
- 縁:層が最も薄い — 色調の変化がいちばん見やすい
- コア:層が最も厚い — ここで色の濃さを見る。品質の判定ではなく観察として記録する
香り:それぞれの香りがどこから来たのかを問う
まずグラスを回さずに嗅ぎ、次に回してから嗅ぎ、感じたことを平易な言葉で書き留めます。そのうえで、それぞれの香りを、最も可能性の高い由来――ブドウ、醸造、時間――に分けます。
ブドウ由来の層については、化学がいくつかのはっきりした手がかりを与えてくれます。メトキシピラジンはピーマン・アスパラガス・エンドウ豆の香りと結び付けられ、セスキテルペンのロタンドンは黒胡椒の香りのもとになる化合物です(ロビンソンら、『American Journal of Enology and Viticulture』2014年)。ほかの香気成分群には、モノテルペン、エステル、チオールを含む揮発性硫黄化合物などがあります。
醸造の層には、発酵・マロラクティック発酵・澱との接触・樽が加えるものが入ります。時間の層には、樽や瓶での熟成中のゆっくりとした変化が入ります。どちらも本稿の範囲を超える大きなテーマです。自立したテイスティングで役に立つ習慣は、香りごとにどの層に属するかを問い、判断できないときは「不明」と書くことです。
味わい:味、触感、アルコールの温かさを分ける
口の中では、味として感じるもの(甘味・酸味・苦味)と、触感として感じるもの――乾くような収れん感、アルコールの温かさ、一般にボディと呼ばれるワインの重さ――を、別々の行に書きます。
アルコールとボディは混同しやすいものです。ガウェル、ファン・スライター、ウォーターズ(2007年)は、3種類のリースリングのエタノールを11.6、12.6、13.6% v/v、グリセロールを5.2、7.2、10.2 g/Lに調整しました。アルコールを高くすると、知覚される熱さは3本すべてで、ボディと知覚される粘性は3本中2本で増しました。グリセロールの効果はそれほど一貫せず、知覚される粘性が高まったのは3本中1本だけ、ボディが増したのも3本中1本だけでした。
ここから二つのことが言えます。ふくよかで温かい印象の一部はアルコールから来ている可能性があるので、どちらがどちらかを決める前に、温かさとボディを分けて記録します。また、この研究ではグリセロールの効果はアルコールほど一貫しませんでした。
甘さにも同じ注意が要ります。EUのスティルワインの規則では、ラベルの「辛口(dry)」は、糖が4 g/L以下、または総酸度(酒石酸換算)が糖の量より2 g/Lを超えて低くない場合は9 g/L以下を意味します。EUの規則に従って表示されていれば、ふくよかに感じても辛口と表示されたワインの糖はこの範囲に収まります。甘さの印象は感じたとおりに記録し、ラベルの糖度区分とは分けておきます。
ガウェル、ファン・スライター、ウォーターズ(2007年)は、3種類のリースリングのアルコールとグリセロールを現実的な範囲で調整し、知覚の違いを比べました。温かさとボディを一貫して変えたのは、グリセロールよりアルコールでした。
図の内容を文章・表で読む
| 試験した濃度 | 知覚への影響 | |
|---|---|---|
| エタノール | 11.6、12.6、13.6% v/v | 熱さは3本中3本で増加。ボディと粘性は3本中2本で増加 |
| グリセロール | 5.2、7.2、10.2 g/L | 粘性が増したのは3本中1本だけ。ボディも3本中1本だけ |
余韻と、レビューを読むタイミング
飲み込むか吐き出したあと、風味がどれだけ続くかを秒で測り、残っているのが心地よい果実や酸なのか、熱さや苦味だけなのかを記録します。OIVの国際ワインコンクールの基準は口中をいくつかの項目で採点し、そのひとつが「調和のとれた持続性(harmonious persistence)」と呼ばれる項目です。この名前は、余韻の長さだけでなく、バランスを保ったまま続いているかも記録するよう思い出させてくれます。
ここでメモをまとめます。清澄度と色、香りの層、味・触感・温かさのバランス、余韻の長さ。自分の言葉で短い結論を書きます。
点数やレビューを読むのは、そのあとです。一致すれば相互確認になります。異なれば、もう一度グラスに戻り、相手が書いたものを探します。それでも見つからなければ、自分のメモを残します。こうした比較を重ねると、自分の観察のどれが信頼でき、どれに較正が必要かが見えてきます。
記述式演習1:縁と脚から分かること
【設問】ブラインドテイスティングで、傾けた赤ワインのグラスに、濃いコア、ルビーの縁、ゆっくり落ちるはっきりした脚が見られた。同席したテイスターは「脚が太いからアルコールも糖も多い。色からすると2年もの」と言う。これらの観察だけから、結論できることと、保留すべきことを述べよ。
【模範解答】(1) 色:濃いコアは色素についての観察であって、品質の尺度ではない。(2) 縁:ルビーの縁は、モノマー・アントシアニンが減り、より安定な色素が生じてガーネットへ向かう変化の、初期の段階を示唆する。色調が示すのは変化の向きであって年数ではないので、「2年もの」とは結論できない。(3) 脚:エタノールが水より速く蒸発して表面張力の差が生じることで形成される(マランゴニ効果)。アルコールが蒸発していることは示すが、糖・グリセロール・品質は測れない。アルコールは口中の温かさとラベルで確かめる。
【採点基準】10点(自己採点)。3点:色の濃さを品質の尺度ではなく、色素についての観察として記録している。3点:縁を色素の変化段階として読み、年数を出していない。4点:脚をエタノールの蒸発と表面張力で説明し、糖とグリセロールを除外し、アルコールを口中またはラベルで確かめている。
記述式演習2:ふくよかで温かいのに辛口表示
【設問】辛口と表示された赤ワインが、ふくよかで温かく、わずかに甘く感じられる。まだ読んでいないレビューは「リッチで甘い」と評している。アルコール・ボディ・甘さをどう分けて記録するか、またラベルと本稿で引用した研究から何が言えるかを説明せよ。
【模範解答】レビューを読む前に、温かさ・ボディ・甘さを別々の行に記録する。温かさはアルコールを示唆する。ガウェルらのリースリングの研究では、エタノールを11.6から13.6% v/vへ上げると、知覚される熱さが3本すべてで、ボディが3本中2本で増し、グリセロールの添加の効果はそれほど一貫しなかった。したがって、ふくよかさの一部はアルコールに由来する可能性があり、ラベルのアルコール度数を確かめる。甘さについては、EUの規則で「辛口」は糖4 g/L以下、または総酸度が糖より2 g/Lを超えて低くない場合は9 g/L以下を意味する。EUの規則に従った表示であれば糖はこの範囲内なので、感じた甘さは印象として記述し、ラベルの意味で甘口とは呼ばない。そのうえでレビューを読み比べ、「甘い」が糖を指すのか、熟した果実や温かさの印象を指すのかを考える。
【採点基準】10点(自己採点)。4点:温かさとボディを分けて記録し、エタノールの効果を挙げてアルコールと結び付けている。3点:EUの「辛口」の上限(4 g/L、または酸度の条件付きで9 g/L)を正しく述べている。3点:レビューより先に自分のメモを書き、感じた甘さと糖の量の違いを説明している。
見る
- 白を背景にグラスを傾け、清澄度を記録
- コアの濃さと縁の色調を記録
- 脚は品質ではなく、アルコールの蒸発と捉える
嗅ぐ
- 回す前と回した後に嗅ぐ
- 平易な言葉で書き留める
- 各香りをブドウ・醸造・時間に分ける
味わい、比べる
- 味・触感・アルコールの温かさを分ける
- 余韻を秒で測る
- 最後にレビューを読み、比べる
よくある質問
ワインの脚(涙)から何が分かりますか?
アルコールが蒸発していることです。脚は、グラスの膜からエタノールが水より速く蒸発し、その表面張力の差がワインを引き上げることで生じます(マランゴニ効果)。脚はアルコールによって生じるもので、品質のしるしではありません。脚から糖やグリセロールを読み取らず、アルコールはラベルと口中の温かさで確かめます。
赤ワインは熟成すると、なぜパープルやルビーからガーネットになるのですか?
色素が変化するからです。熟成と貯蔵の間にブドウ由来のモノマー・アントシアニンが減り、より安定な色素、主にピラノアントシアニンと重合アントシアニンが生じます。この変化で、色は若いワインのパープルやルビーから、熟成したワインのガーネットへ移ります。色調が示すのは変化の段階で、正確な年数ではありません。
なぜレビューを読む前にテイスティングノートを書くのですか?
目にしたものが香りの表現を左右しうるからで、点数やレビューも似たように働く可能性があります。2001年の研究では、無臭の色素で赤く着色した白ワインを、54人のテイスターが赤ワインの言葉で表現しました。先に自分のメモを書いておけば、レビューと比べるための独立した記録になります。
情報源
- Morrot G., Brochet F. & Dubourdieu D. (2001), The color of odors, Brain and Language 79(2): 309–320 (PubMed abstract)
- OIV ― ワインの官能評価に関するレビュー文書(2015年)
- Venerus D. C. & Nieto Simavilla D. (2015), Tears of wine: new insights on an old phenomenon, Scientific Reports 5: 16162
- UCLA 物理科学部門 ― ワインの涙
- He F. et al. (2012), Anthocyanins and Their Variation in Red Wines II. Anthocyanin Derived Pigments and Their Color Evolution, Molecules 17(2): 1483–1519
- Robinson A. L. et al. (2014), Origins of Grape and Wine Aroma. Part 1. Chemical Components and Viticultural Impacts, American Journal of Enology and Viticulture 65(1)
- Gawel R., van Sluyter S. & Waters E. J. (2007), The effects of ethanol and glycerol on the body and other sensory characteristics of Riesling wines, Australian Journal of Grape and Wine Research 13(1): 38–45
- EUR-Lex ― 欧州委員会委任規則(EU)2019/33 附属書III B部(糖含有量の表示)
- OIV ― ワインおよびブドウ由来スピリッツの国際コンクールに関する基準
