この記事で説明すること
チリ中部のブドウ畑は、太平洋とアンデス山脈のあいだにあります。この記事は二つの筋を追います。冷たい海流と低い海岸山脈が、谷に届く空気をどう形づくるのか。そしてカルメネールの歴史を手がかりに、黒ブドウの青ピーマンのような香りについて研究が何を示しているのか、です。
海岸に沿って北上する寒流
フンボルト海流は、亜南極の海水をチリとペルーの沿岸に沿って北へ運びます。大陸の西岸を流れるほかの海流と同じく赤道へ向かって流れ、極域の冷たい水を熱帯側へ運ぶため寒流と呼ばれます。
この海流は東岸境界流(大洋の東の縁を流れる海流)で、流れは遅く、幅が広く、浅いのが特徴です。深層の冷たい水が表層へ上がってくる湧昇がはっきり見られます。沿岸を冷やす働きは遠く北でも現れます。リマは熱帯の緯度にありながら、沖合の冷たいペルー(フンボルト)海流のおかげで一年を通して温和な気候です。
冷たい海から冷たい空気へ:マリンレイヤーと海岸山脈
冷たい海の上では、空気が下から冷やされます。このとき気温は高さとともに上がり、逆転層ができます。その下にたまる冷たく湿った空気がマリンレイヤー(海洋性の空気の層)で、十分に冷えると地表近くに低い雲や霧が生じます。大陸の西岸では、この層が数日から数週間続くことがあります。例としてよく挙がるのはカリフォルニアですが、この仕組みは大陸西岸一般に当てはまります。
マリンレイヤーが厚くなると、冷やされた海の空気は海岸の山を越えて内陸の谷へ流れ込むことがあります。チリ中部で最初の障壁になるのが海岸山脈です。チリのアンデス地域は、西から東へ、海岸山脈・中央低地・主山脈に分かれます。これらは、大陸縁に平行な三つのテクトニクス上の区分、外側前弧・内側前弧・火山弧に対応づけられています。アンデスそのものは、海洋プレートのナスカプレートが南米プレートの下へ沈み込むところで持ち上げられた山脈です。
海岸山脈は、中央低地と太平洋のあいだの尾根で、標高はおおむね2,000m(6,500フィート)を超えず、アンデスよりはるかに古いため頂は丸く平らです。
太平洋(西・左)からアンデス(東・右)までの断面です。高さ・距離・層の厚さ・矢印の道筋は縮尺どおりではなく、形と色は説明のための表現です。マリンレイヤーは大陸西岸一般に当てはまる仕組みで、風の出会いはコルチャグアの例です。
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- マリンレイヤー — 逆転層の下で空気が下から冷やされ、地表近くに霧や低い雲ができる
- 海岸山脈 — 内陸側の最初の山並み。厚くなったマリンレイヤーは越えて谷へ入ることがある
- 海風とアンデスの風が出会う — コルチャグアでは海岸の丘が低く、両者が交わって谷を冷やす
- フンボルト海流 — 冷たい水が北へ流れ、湧昇が深層の冷たい水を持ち上げる
- 中央低地 — アンデス由来の堆積物で埋まった低地
二つの山脈のあいだの岩石・堆積物・気候
チリ中部の海岸山脈には、海岸バソリスと呼ばれる大きな花崗岩質の岩体があります。チリ中南部でその岩石のジルコンを年代測定すると、約3億〜3億2000万年前、古生代後期の石炭紀後期(ペンシルバニアン)を示します。産地ごとの表土は、ここでは記しません。
中央低地は、おもに断層に縁取られた低地です。アンデスから運ばれた物質の受け皿となり、地域によって沖積・河川氷河性・モレーンの堆積物で埋められています。
サリコレアらによるチリ本土のケッペン気候区分では、国の中部は地中海性気候が卓越します。南緯33〜39度では、Csb 型が海岸線から標高約1,200mまで広がり、それより上では冷涼な型の Csc に移ります。
標高と斜面の向きについて:上記の1,200mという気候の境目のほかは、カサブランカ、レイダ、アパルタの畑の標高や向きは記載しません。
年代はチリ中南部のジルコン年代測定、気候型はチリ本土のケッペン気候区分による。
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| 海岸山脈 | 中央低地 | 主山脈 | |
|---|---|---|---|
| テクトニクス上の区分 | 外側前弧 | 内側前弧 | 火山弧 |
| 岩石・埋積物 | 約3億〜3億2000万年前の海岸バソリスの花崗岩類 | 沖積・河川氷河性・モレーンの堆積物 | 中央低地へ物質を供給 |
| 地形 | アンデスより古く、頂は丸く平ら | おもに断層に縁取られた低地 | ナスカプレートが南米の下へ沈み込む所で隆起 |
| 気候(南緯33〜39度) | 海岸線から Csb | Csb | 1,200m以下は Csb、上は冷涼な Csc |
内陸の谷:海風とアンデスの風が出会うところ
マイポ・ヴァレーの気候は、暑く乾いた夏と寒く雨の多い冬をもつ穏やかな地中海性気候です。東側の畑はアンデスの山麓にあり、西側の畑は海岸山脈の砂質の土壌まで広がり、主な品種はカベルネ・ソーヴィニヨンです。
さらに南のコルチャグア・ヴァレーは、ラペル・ヴァレーの南半分にあります。ここでは海岸の丘が低いため、太平洋からの風がアンデスからの風と交わり、谷を冷やして成熟期間を延ばします。
成熟期間が長いことが青い香りに何をもたらし、何をもたらさないのかは、第7節で扱います。
カルメネール:チリで再び見つかったボルドーの品種
カルメネールは19世紀半ばに、ほかのボルドー品種とともにボルドーからチリへ渡り、長くメルローとして栽培されてきました。本家のボルドーでは、フィロキセラ禍のあと希少な品種になりました。
1994年、フランスのアンペログラフ(ブドウ品種学者)ジャン=ミシェル・ブルシコが、チリで「メルロー」として育っていた樹をカルメネールと同定しました。こうしてチリは、長いあいだそれと知って醸造されることのほとんどなかった品種の、主な産地になりました。
AI
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紅葉した葉と黒ブドウ
画像:Maison Apéro(生成画像) · Maison Apéro original
青ピーマン香:房に当たる光が本当に変えるもの
ワインのピーマン、アスパラガス、エンドウ豆のような香りは、メトキシピラジンという香気成分の一群によるとされます。黒胡椒の香りは別物で、セスキテルペンのロタンドンに由来します。
その一つが3-イソブチル-2-メトキシピラジン(IBMP)です。ニューヨーク州のカベルネ・フランを調べたライオナらの研究では、IBMP は結実からヴェレゾン(色づき)の約0〜14日前まで果粒に蓄積し、その後は減少しました。房に光を当てると、日陰の房に比べてヴェレゾン前の蓄積が21〜44%少なくなりましたが、ヴェレゾン後の減少は速まりませんでした。ヴェレゾンの2週間前の濃度は、収穫時の濃度と強く相関していました。
実務的には、房まわりの光が効くのはヴェレゾン前の早い時期で、収穫間際に青さを「焼き飛ばす」わけではない、と読めます。ただしこの研究の対象はカルメネールではなくカベルネ・フランです。
グラスでは二つの「ペッパー」を分けて考えます。ピーマン、アスパラガス、エンドウ豆はメトキシピラジン、黒胡椒はロタンドンの手がかりです。
1列のブドウ樹を生育期の順に左から右へ描いています。破線がヴェレゾンです。ヴェレゾン前の左の房は日なた、右の房は葉の陰です。ニューヨーク州のカベルネ・フランを対象としたライオナらの研究にもとづく図です。時間の間隔は縮尺どおりではなく、形と色は説明のための表現です。
- グラスでは、ピーマン・アスパラガス・エンドウ豆の香りはメトキシピラジン、黒胡椒はロタンドンの手がかりです。
図の内容を文章・表で読む
- 結実 — 果粒に IBMP が蓄積し始める
- ヴェレゾン前の光 — 日に当てた房は日陰の房より IBMP の蓄積が21〜44%少ない
- ヴェレゾン後 — 濃度は下がるが、光を当てても減少は速まらない
- IBMP の最大 — ヴェレゾンの約0〜14日前
- 収穫 — ヴェレゾン2週間前の濃度と強く相関する
演習1:海岸の空気はどう冷やされるか
【設問】
フンボルト海流がチリ中部の太平洋側で気温を下げうる仕組みを順を追って説明し、冷たい空気が内陸の谷まで届くかどうかを何が決めるのかを述べよ。
【模範解答】
フンボルト海流は亜南極の冷たい海水を沿岸に沿って北へ運び、湧昇が深層の冷たい水を表層へ上げる。冷たい海の上の空気は下から冷やされて逆転層ができ、その下に冷たく湿ったマリンレイヤーがたまり、低い雲や霧が生じうる。マリンレイヤーが厚くなると、冷えた海の空気は海岸の山を越えて内陸の谷へ流れ込む。チリ中部で最初の障壁は海岸山脈であり、コルチャグアのように、丘が低い所では太平洋の風が谷に届き、アンデスからの風と交わる。
【確認のポイント】
・冷たい表層水の源として、寒流と湧昇を挙げている。
・逆転層とマリンレイヤー、霧や低い雲を説明している。
・冷たい空気が内陸へどこまで届くかを、マリンレイヤーの厚さと海岸の丘の高さに結びつけている。
演習2:光、ヴェレゾン、青い香り
【設問】
ある生産者が、黒ブドウの青ピーマン香を減らすため、収穫の2週間前に房まわりの除葉を計画している。ライオナらのカベルネ・フランの研究にもとづき、この時期が効果的かどうかを説明せよ。
【模範解答】
この研究では、IBMP は結実からヴェレゾンの約0〜14日前まで蓄積した。房に光を当てるとヴェレゾン前の蓄積は21〜44%減ったが、ヴェレゾン後の減少は速まらず、ヴェレゾンの2週間前の濃度は収穫時の濃度と強く相関していた。収穫2週間前の除葉はヴェレゾン後にあたり、光が減少を変えなかった時期なので、IBMP を下げる効果は期待しにくい。研究結果に合うのは、ヴェレゾン前に房へ光を当てることである。対象はカベルネ・フランなので、カルメネールには独自のデータが必要だと付け加える。
【確認のポイント】
・IBMP が蓄積する時期と減少する時期を述べている。
・光が効くのはヴェレゾン前で、後ではないという知見を使っている。
・品種が一つで、調査地がニューヨーク州に限られるという研究の限界に触れている。
海と地形
- 寒流と湧昇
- マリンレイヤー・霧と海岸山脈
谷とブドウ樹
- 海岸の丘が低い所で海風とアンデスの風が出会う
- ヴェレゾン前の房への光が IBMP を抑える
グラスの中
- ピーマン・アスパラガス・エンドウ豆:メトキシピラジン
- 黒胡椒:ピラジンではなくロタンドン
よくある質問
フンボルト海流はなぜ寒流と呼ばれるのですか?
亜南極の海水をチリとペルーの沿岸に沿って北へ運ぶからです。大陸西岸のほかの海流と同じく赤道へ向かって流れて極域の冷たい水を運び、さらに湧昇によって深層の冷たい水が表層に上がってきます。
カルメネールはいつチリで同定されたのですか?
1994年です。フランスのアンペログラフ、ジャン=ミシェル・ブルシコが、チリでメルローとして育っていた樹をカルメネールと同定しました。品種そのものは19世紀半ばにボルドーからチリへ渡っています。
収穫直前の日光で青ピーマン香は消えますか?
ライオナらのカベルネ・フランの研究では、そうではありませんでした。房への光はヴェレゾン前の IBMP の蓄積を21〜44%減らしましたが、ヴェレゾン後の減少は速めませんでした。光が効くのは生育期の早い段階です。
情報源
- 地球環境ファシリティ(GEF):フンボルト海流大規模海洋生態系の生態系にもとづく管理
- NOAA JetStream:海洋の循環
- Encyclopedia.com:ペルー海流
- ブリタニカ百科事典:リマ
- NOAA JetStream:マリンレイヤー
- サンティバニェスほか(2019)チリ・アンデスの地殻断層:地質学的制約と地震ポテンシャル(Andean Geology 46巻1号)
- 米国地質調査所(USGS)This Dynamic Earth:プレート運動を理解する
- ブリタニカ百科事典:チリ(中央低地)
- チリ中南部、ペンシルバニアン期の海岸バソリスのジルコンの U-Pb 年代と Hf-O 同位体(ResearchGate)
- サリコレア、エレラ=オサンドン、メセゲル=ルイス(2017)チリ本土の気候区分(Journal of Maps)
- ワインズ・オブ・チリ:ワイン産地
- ワイン・エンスージアスト:チリのカルメネール再発見
- ロビンソンほか(2014)ブドウとワインの香りの起源 第1部:化学成分と栽培の影響(Am. J. Enol. Vitic. 65巻1号)
- ライオナほか(2008)房への光が赤ワイン用ブドウ(カベルネ・フラン)の3-イソブチル-2-メトキシピラジンの蓄積と分解に及ぼす影響(J. Agric. Food Chem. 56巻22号、PubMed 要旨)
